郡山城跡

郡山城跡

郡山城跡の概要/見どころ

奈良県大和郡山市。城の始まりは平安時代の末期にさかのぼる。戦国時代は筒井城を本拠とする筒井順慶の支配下にあった。筒井順慶は織田信長の支援を受け、大和信貴山城の松永久秀を滅ぼし、大和一国を支配した。その拠点となったのが郡山城だ。

城構えが大きくなったのは豊臣秀吉の弟、秀長が入城してからだ。秀長は大和・紀伊・和泉の三か国、100万国を領有する大大名。領国にふさわしい城にするべく大拡張工事を実施した。100万国の城下町として郡山自体も発展。

江戸時代に入ると、松平氏・本多氏といった譜代大名が郡山城に入城。大阪や京都・奈良に通じる要地であったためだ。江戸時代の中期には徳川綱吉の側近として有名な柳沢吉保の子、柳沢吉里が入った。柳沢時代に金魚養殖が始まったとされる。今でも、金魚にゆかりの深い柳沢神社で金魚品評会が開かれる。

明治維新後、旧郡山中学校が二の丸に、旧郡山園芸高校が麒麟曲輪に建設されるなど江戸時代と比べ大きく変貌した。昭和に入り本丸と毘沙門曲輪が奈良県指定遺跡となると追手門や櫓などが再建されていった。現在、郡山城跡は公園化され散策。見学は自由。春になると「日本の桜百選」にも選ばれた郡山城の桜を楽しむことができる。

郡山城跡の営業時間

特になし

郡山城跡の料金

無料

郡山城跡のアクセス

公共交通機関(電車/バス)

近鉄橿原線 近鉄郡山駅:徒歩約15分

自家用車

西名阪自動車道 郡山ICより

城内に無料駐車場あり

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